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夢と現実の関係 [ぼそっとつぶやく]

<夢の中>

母親に、入院するから病院まで送って行ってほしいと頼まれた私。

マイカー(自転車)に大量の荷物を積む。

「こんなにたくさん無理だよ!」と夢の中の私が何度も言っているのに、私の言葉をすべて無視して次々と荷物を運んで自転車に載せる母親。

なぜか布団も積んでいた。

(入院するわりには元気だな)


すべての荷物を積んで、荷物に埋もれるような形で母親を乗せる。

「やっぱり無理だよ!重いしバランスとれないよ!」と、無理!を主張する私。

そこへ突如登場したのが、既に成人済みの娘。

「私も行く!」と自転車に飛び乗る。(なぜ?!)

「無理無理無理・・・!!!!」

現実なら自転車に積むことが不可能なくらいの荷物と、大人2人を自転車の後ろに乗せている。

夢の中に出てきた2人はこれが異常とは思っていないみたいだけど、私は現実の思考が残っているせいか「無理」を主張する。


早く早く!遅刻しちゃう!と2人に急かされ、仕方なく自転車にまたがりスタートする。

不思議なことに、フラフラしながらも前に進んでいる。

(でも、歩いたほうが早いんじゃない?)


急いで!止まっちゃ駄目だよ!(は?)

いつの間にか、止まって自転車から降りたら駄目というルールになっていた。

ゆっくりだけど少しずつ進んでいくと、前から小学生集団登場。

ぶつからないように!止まらないで!よけて!(はあ?)

後ろの2人からの無謀な指示に従い、必死で小学生集団を避ける。


無事にすり抜けてホッとしたのも束の間、今度はもっと小さい幼稚園児集団(と先生1人)が遠くに見える。

一本道だから確実に鉢合わせしてしまう。


どうやって避けよう。

幼稚園児の動きは予測不能。

止まってはいけないという謎のルールに何故かしっかり従い進んでいく私。


幼稚園児集団が迫ってきている。

そのとき!別の試練が目の前に。

幼稚園児集団と私たちの間に、細い橋がある。

ただの細い橋じゃない。

ゆるいアーチ状になった細い橋。

長さは2メートルくらい。幅は30センチほど。

「絶対無理!」

橋の向こう側を見ると、橋を渡ろうとする幼稚園児がずらりと並んでいる。

「同時に渡らないで~~~(悲痛な叫び)先生止めて~~~」

止まってはいけないルールに関係なく、同時に渡るのは不可能。

悲痛な叫びが届いたのか、先生の「みんな止まって」の声に安心する私。

橋に近づいていく自転車。


大荷物と大人2人を乗せてフラフラ進む自転車。

狭くて少し上り坂の橋。

絶対無理だ。でも渡らなければいけない。

意を決して、橋を渡るぞ!


ああ!無理無理無理無理!もう絶っっっっ対無理!


橋の手前、渡るギリギリのところで自転車を止めて足を着いてしまった私。

ここで目が覚めた。

無理だった理由はのちほど。


<現実>

目を覚ました瞬間「あんなの無理に決まってるじゃん!」

そして「重い!」

7キロのニャンコが私の腕の上で寝ていました。

腕の感覚が鈍るくらい長い時間寝ていたようです。


・夢の中の重い荷物の原因は、多分このニャンコ。

・親が入院するのも事実。

・マイカーが自転車なのも事実

だけど、いくらなんでも自転車に大量の荷物を乗せたり二人乗り三人乗りはしません(笑)

現実と夢が混ざり合うと本当におかしな夢になります。


<橋を渡る寸前で何が起きたのか>

渡るぞ!と前方を見据えたときに私の視界に入ったものは、橋の向こう側で止まっている幼稚園児集団。

幼稚園児たちも橋を渡るぞ!と思ったそのときに、先生に止まってと言われたので橋の手前で全員止まったようです。

私が橋を渡ったとしても、橋の下り口を完全に塞がれているので橋から下りることができない。


これが「絶っっっっ対無理!」と自転車を止めた理由です。



幼稚園児集団を止める場所を完全に間違えている。

先生が幼稚園児に止まれの指示を出すのが遅すぎた?

それとも、その先生に向かって私が「止めて」と言うのが遅すぎた?

これは私の責任なの?

そんなゲームみたいなものだったの?


最後は無理ゲーとなり終了。


とても疲れる夢だった。


タグ: 無理ゲー
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小銭を出すのは苦労するのです [ぼそっとつぶやく]

先日、某ネットニュースのコメント欄を見ていたら、レジで小銭を出すときにもたもたする高齢者を軽くディスるコメントが書いてありました。
それは仕方ないことだとフォローしている人も多くいて、ちょっと安心しました。
私はそれほど高齢ではありませんが、それなりの年なのでもたもたしてしまう気持ちは少し分かります。
増えてしまう小銭をレジで減らしたい気持ちは分かります。
お財布から小銭を出そうと思ってもなかなか取り出せない。
冬に手袋をしたまま会計をしようと横着をしたら小銭がうまく取り出せなかったことがあります。たぶん高齢者の指先はそれと似たような感覚なのかなと思います。
私の場合は老眼なので、財布の中の小銭を出し間違えることが時々あります。
近眼であり老眼でもあるので、外出のときは普通の近視用メガネをかけています。このメガネをかけると手元はほとんど見えません。
100円玉を出したつもりが50円玉だったり、会計は「○○円です」と言われたあと、小銭を探している間にいくらか忘れてしまったり、若いときはありえなかったことです。
「あれ?いくらでしたっけ?」と聞き直すことも最近は恥ずかしくなくなりました。(よくあることなので)
少し多めの小銭を出すときは「ごめんなさいね、小銭が貯まっちゃって…」と言いながら急いで出しています。
余談ですが、
お金を払うときに、私は金額を声に出す癖があります(子供に、恥ずかしいからやめてと言われる)
たとえば1080円の買い物をした場合、支払うときに「1000円と(小銭を財布から出しながら)50、60、70、80…1080円でお願いします」と声に出してしまいます。
自分で間違えないための策なのですが、子供には不評です。
この行為も若者から見れば、もたもたしている行動に見えるのかもしれません。
わざとゆっくりやっているわけではないので、何十年後の自分の姿だと思って見守ってもらいたいと思います。

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